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竹田出身の童謡詩人とヨット [ヨット]

先日、「犬のおまわりさん」の作詞で有名な佐藤義美が
竹田市の出身であることを書きました。

しかし、この人のことで
「ヨット」の記事が書けるとは思ってもみなかったですよ。

今日は、竹田市出身の詩人佐藤義美とヨットについて。


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先日、竹田市歴史文化館「由学館」で、知り合いの学芸員さんと話していました。
佐藤義美の話になって、学芸員さんが
「記念館は良いですよ。彼が晩年逗子で過ごした家が再現されています。」
「佐藤義美はヨットが好きで、ヨットを持っていたんですよ。」


なに~!以前ウィキなどで調べたときにヨットの話は出てこなかったぞ。


「佐藤義美」「ヨット」で検索すると、
あら、ヨットの歌があるじゃないですか。
知らなかったわ~!


♪ヨット

  作詞 さとう・よしみ
  作曲 湯山 昭


  波をけって うねりをのりこえて
  白い帆のヨットが 走る走る走る  
  海は広い  広くて青い   
  風のうたは  ピープー      
  カモメのうたは ギィヨギィヨ    

  風をうけて ななめにかたむいて 
  赤い帆のヨットが 走る走る走る  
  海は広い 広くて青い     
  風のうたは ピープー      
  カモメのうたは ギィヨギィヨ  

どんな曲かは、こちらから。音楽の教科書に出ていたとは。知らなかったわ~。

https://www.youtube.com/watch?v=lA3EIk7EPao


ちょっと寂しげな旋律だけど、海が恋しくなりそう。


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(ずいぶん前のパールカップで撮っていただいた写真です。)



……というわけで、佐藤義美とヨットの関係を知るために
竹田駅から徒歩5分、大正公園下、稲葉川沿いの記念館に来ています。
http://www.oct-net.ne.jp/yoshimi1/



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いつもいつも傍を通っていたのに
初めてやってきました。……「ヨット」に導かれて。


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学芸員さんが年譜を丁寧に説明してくださいました。


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お!ヨットを購入したと書いてありますよ。


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葉山のマリーナに置いてあったんですね。
艇名は「MISS YOSIMI」  
海は女性だから、男の名にすると引き込まれると言ったとか……。



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とてもヨットが好きだったんですね。


パンフレットの説明は、佐藤義美が自己紹介する形式になっているのですが、
「Y15・MISS YOSIMI号」という項目があって、


「ぼくは海が大好き。ヨットが大好きなんだけど、戦争中も戦後も、永い間ヨットに乗ることができなかった。自分のヨットが持てるようになったのは、60歳を過ぎてから。でもね、そんな歳になって、ヨットレースで優勝したんだから、カッコいいでしょ。」


こんなふうに紹介されていました。
でも、63歳で亡くなっています。若かったんですね。



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二階へ……佐藤義美とヨットの大きな写真がありました。


でも、残念ながら館内の二階は写真撮影ができません。
ヨットは、横山晃設計のディンギーでした。
詩人はクルーとして、ヒールしたY15のバランスをとっていました。
とても笑顔がすてきでした。
この写真で被っていた帽子も展示されていました。


記念館を紹介したサイトの一部に写真が少し写っています。
https://www.jalan.net/kankou/spt_44208cc3290032400/ 




竹田市に佐藤義美記念館ができたのは、
稗田宰子という作家(佐藤義美の弟子)の尽力があればこそ……でした。


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彼女の著作「海のことば」についての紹介がありました。
佐藤義美とヨットのことが書かれているようです。
読んでみたいと思います。



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ここは、佐藤義美という詩人の偉大な足跡や
逗子での生活がつまった素敵な空間でしたよ。


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さて、記念館を訪れた記念品です。

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入館券の裏は名刺になっているのが素敵。


記念にタオルを一枚購入しました。


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「まいごのこねこちゃん」のキャラクターがこちらのシンボルになっています。
こねこちゃんは、佐藤さんちの猫になって居場所ができたんですね。






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小島のような城跡探索  竹田市「騎牟礼城跡」②  [お城(跡)歩き]

地域に愛されている古城、騎牟礼城にいます。


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この騎牟礼城は、天正年間の豊薩戦争や
明治十年の西南の役の戦場跡としても有名な場所なのでした。
「戦略上重要な陣地となった」
と看板に書かれてありましたが、詳細がわかりません。
私は、大友氏と島津氏の九州における覇権争いのことは、
「島津が豊後に攻めてきてあちこちで合戦があった。岡城は落ちなかった。」
くらいしか知りません。
西南戦争では、西郷軍が竹田でどのような動きをしたか(一度は記事にしたけれど)
記憶があいまい~。


「どちらが、どのように、騎牟礼城を使ったの~?」
「さて?」
「またまた調べないと~。調べ始めると記事が進まないんだよね~。」


……というわけで、ここ数日は「豊薩戦争」やら「西南戦争」とやらを
「竹田」を中心に資料を読んでおりました(T^T)
自粛の間にえらく「竹田」に詳しくなってしまった……


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で、騎牟礼城についてわかったことをざっと書きます。


豊薩戦争では、志賀親次(20歳)が岡城を守り抜いたことで有名ですが、
そのとき騎牟礼城がどのような働きをしていたのかは勉強中。
ただ、島津軍は豊後各地の山城を次々と落としていたのに、
「騎牟礼城の攻略に失敗した」とウィキの「豊薩合戦」の項にありましたから、
かなり堅牢な山城だったのでしょう。



西南戦争については、『佐伯治「竹田市における西南戦争戦跡」』を参考にしました。


明治10年3月末、熊本での失敗を立て直すべく西郷軍は体勢を整え、
宮崎方面から大分へと侵入します。
竹田の町へは5月13日から入り始め、要所要所を占拠していったようで、
この騎牟礼城も熊本方面からの重要な場所として、陣地を築いていたそうです。
しかし、兵力に勝る政府軍が各方面から一斉に攻撃を始めると、
竹田の各所で激しい戦闘が起こり、次々と西郷軍の陣は崩され、
5月29日の総攻撃で騎牟礼城などが陥落、
西郷軍は竹田の町に火を放って敗走するのです。



騎牟礼城へは、数日前に政府軍に落ちた中川神社から砲撃があったそうです。
騎牟礼城から見た中川神社。約1.2㎞の距離。


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13日、東側の公園部分を見た後、西側の杉林の中へ。
(写真では夫の向こう側にある道へ)

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豊薩戦争や西南の役の遺構が見られると、夫はずいずい林の中に入って行きます。
「え~、また藪の中に行くんだ~(T^T)」
でも、置いていかれるのも不安なのでついていくしかありません。
東側の明るい部分に比べると
暗い林の中はけっこう広く、鬱蒼とした森になっているのです。


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最近地籍調査をしたようです。
ただ、これが土塁の跡かな~、堀切かな~という程度で
はっきりと遺構はわかりません。


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藪の中を登ったり下ったり。
私はまた転んでしまい、もう帰ろうと思ったところで、
山の西の端の方に来て、木々の切れ間から久住山が見えました。
カメラのレンズのカバーがずれていました。あんな山中に落とさなくてよかった……。


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18日は、西に下りる道をたどり、騎牟礼城の下をぐるりと時計回りに回って
もとの場所に戻りました。


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遊んでますね。


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国道に出ました。
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城原井路です。
西南戦争の時政府軍はこの井路を伝って、騎牟礼城に突撃したと資料にありました。



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歴史にひっかかっちゃうと
さくさくと記事にならないのでありますよ。
これもボケ防止だと思って活字を読んでおりますが、
さくさく歩かないと、また太っちゃうかも。



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波の中の小島のような城跡  竹田市「騎牟礼城跡」① [お城(跡)歩き]

岡城跡西の丸から西の方向(阿蘇方面)を眺めています。
左に阿蘇、右にくじゅう連山の裾野が見えます。


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竹田の街の中にNTTの塔。その向こうに小山が見えます。
たくさんの尾根筋を波に喩えるなら、この小山は波間の小島。
宇和島港に入るときの野島みたい。
ここは、騎牟礼(きむれ)城という名で、岡城よりも古い時代の城跡です。


岡城跡から西を眺めるといつも視界に入ります。


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岡城跡を南から眺めたときも、岡城の向こうにぽっかり浮かんでいるよう。


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久住方面に歩きに行く度、すぐ傍を通るのですが、
「いつか登ろう。」と言いながらも通り過ぎていたのでした。


寒さとコロナで鬱っぽくなっている私でしたが、夫から引っ張り出されて
1月13日、この騎牟礼城に行ってきました。
(記事を書こうとしてもう少し写真が欲しかったので、18日にも登りました。)

岡城跡からくじゅう連山の方へ国道442号線を車で10分ほど走ると、
台形の丘が見えてきます。


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夫は以前娘と一緒に登ったことがあり、
「意外と広いんだよ。」と前から言っていました。

実際、場所を変えてみると岡城から見たときよりも
東西にけっこう長いのです。


竹田市の北側の山から見た騎牟礼城。
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こんなに目立つ山ですから、当然「要害」として城が築かれていたのでしょう。
中川氏の前の岡城城主志賀氏は
岡城を築く前はここを居城としていたということです。
ゆえに「古城」とも呼ばれていたようです。


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山の麓の駐車場に車を置き、東側の人家の間を抜けて、南側から登ります。
下から山を眺めると、阿蘇の火山灰を集めて固めたような感じで
「う~ん、すぐに崩れそうな山……。」というのが正直な感想。


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13日も18日も暖かい日だったのですが、
登るにつれて風が冷たくあたるようになりました。
でも、視界はだんだん開けてきます。(二日分の写真が混ざっています。)


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坂を昇りきったところは台地の真ん中辺りで、右(東)が公園になっています。
左(西)には下る道と、杉山の方に入っていく道(夫の向こう)があります。


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まず、公園の方に登ります。


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コンクリートの道もありますが、古い道を登ります。


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おやあ、広い、広い。


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なんとまあ眺めのよいところでしょう。


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岡城の標高は321メートル。
ここは380メートル。
こんなふうに標高を教えてくれています。


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この城跡についての歴史は看板の写真をご覧ください。


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桜の木やモミジの木、ベンチや案内板、そして美しい風景。
これは好い場所です。
地域の人が大事にしていることがよくわかります。


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東の端です。早速双眼鏡で眺めていますね。
岡城はどう見えるのでしょうか。


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どこだ、どこだ?
NTTの塔が目印。

見えた!!


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そして、東の方には去年の春に登った御嶽山が頭を覗かせています。


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早速去年のデータから騎牟礼城を探してみました。
東の方から眺めると……。

ここ!
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わかりにくいので拡大します。丸く見えるんだ~!
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場所を変えるといろんな表情が見えて面白い、そんな当たり前のことに気づかされます。
やはりときどきは高いところに登ってみることが大事ですね。


でも、これで満足して帰ったわけじゃないんです。
好奇心のつよーい人と一緒に歩くと
またまた……騎牟礼城、続きます。



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チュン闘 団体交渉 [鳥]

うわ。

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みんなでこっち見てるよ。

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餌を出せ!と団体交渉?
「あまりに寒いから、食べないことには!!」と
餌の増量を要求?

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いや、交渉相手が違うみたい。
視線がこっちじゃないわ。
ヒヨに「早く食べて、あっちに行ってください!」と言ってるみたい。


あ、ヒヨが睨んだら、顔をそむけた?

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秋の終わり頃から来ている二羽のヒヨドリは、
他の鳥たちを蹴散らす勢いで餌台に来るからなあ。けっこう意地悪。
スズメたちは籠の中の粟を食べたくて仕方がないのに、近寄れなかったのだ。


ヒヨがいなくなると……ほら。

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ヒヨがいないときは、池でのんびり水浴び。


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……とまあ、今年も寒くて動けない日は、鳥たちの様子を見ている。



スズメの団体は賑やかでおもしろい。


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窓ガラス越しの写真じゃダメだ……と、夫が例の秘密兵器を設置。
スマホのアプリを使っての遠隔操作で撮影。


まず、外にカメラを置いてピントを合わせて……。

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あとは家の中からスマホで連写。


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矢印の子は、ちゃっかり混雑を避けて餌にありついている……。

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写真を見直すのも、いろんな発見があっておもしろい。
(秘密兵器を使ったのは、今のところこの日だけ。)



去年は裏庭で餌をやっていたが、
今年は、お母ちゃんが喜ぶので、前庭で餌をやっている。猫の管理もしやすいし。
最近、籠にはメジロやヒヨ向けの餌を、スズメの粟は地面にまくことにした。
一日一回、とても寒い日は二回まいてやる。
でも、なつかない。ちょっとでも人の気配を察すると、ばばっと飛び立つ。(警戒心、大事。)
でも、遠くに逃げるわけじゃない。
いつもどこかでこちらの動きを偵察している。



スズメたちがズラリと屋根に並ぶとき、
何となく「圧」を感じて、「チュン闘 団体交渉」と呟いては粟(給料)をまいてやる。


スズメが餌をついばんだ場所には雑草が生えないので、
「餌をやるかわりに、目を楽しませ雑草を駆除する」という協定で
この冬も労使交渉は妥結している。


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一富士二鷹三茄子② [雑感]

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この写真は、私の祖父(父の父親)。明治38年生まれ。

ぼおっと眺めていたパソコンのデータに入っていた写真です。
(弟が実家にある古い写真をデータにしたものをコピーしてくれました。)



じいちゃんの写真から「茄子の砂糖漬け」を思い出しました。
(「一富士二鷹三茄子」の三つ目はじいちゃんの思い出の一つです。)


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半世紀以上も昔、まだ祖父が健在だった頃、
お正月前になると関東の方から「茄子の砂糖漬け」が届くのです。
漢文の教師だった祖父の教え子の方が毎年送ってくださっていたのです。
関東のどこからだったか……忘れました(T^T)


大きな茄子ではなくて、小さい茄子の砂糖漬け。
木の箱を開けると、小さい茄子に白いお砂糖がたっぷりまぶしてあるのが
びっしり並んでいる……「今年も来た!」と嬉しかったですねえ。


祖父は孫を三人、そばに座らせると手のひらに一個ずつのせてくれる。
三人の子どもが「ちょうだい」をして並んでいるのを
じいちゃんはニコニコして見てましたね。
大事に少しずつ食べたのですが、
その甘さと砂糖が絡んだ茄子を食んだ感覚は忘れがたい思い出なのです。


その頃の祖父。猫好きでした。

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茄子の砂糖漬けが家族みんなに配られると、
箱は厳重に蓋がされて仏壇に置かれるんです。
二つ目を食べたいのにお許しが出なくて、仏壇をうらめしく眺めた記憶が……。
盗んだ記憶もないけれど、二つ目をもらえた記憶もないのはなぜ?さて。



毎年一つだけの甘いお菓子の記憶はとっても鮮やか。
今調べてみれば候補はいくつかあり、取り寄せてみようとは思うのですが、
果たしてあのときの喜びが味わえるのか……それはわかりません。





最初の写真について付け加えますと……。


祖父は旧制竹田中学卒業後、神宮皇學館に学びました。
最初の写真は、たぶんそのとき、
一緒に学んだ仲間達と写真を交換したものではないでしょうか。
同じようにちょっとかっこつけた青年たちの写真がたくさんありましたから。

                      真ん中が祖父。
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祖父はこの後、それはもういろいろと苦労を重ねて
晩年はいつも気難しい顔をしていたのですが(中身は面白い人だったんですよ、たぶん)、
若い頃の写真は
「夢」を追っているようなとても素敵な表情だなあと
しみじみ思ったことでありました。
(大正時代のかっこつけた青年たちの写真は本当にいい!)




おまけ。


祖父関連のデータの中に、「あっ!富士山の写真じゃ!」

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今となっては祖父がなんで富士山の写真を持ってるのか知るよしもなし~。



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一富士二鷹三茄子① [雑感]

いちふじにたかさんなすび……
こんなのは、初夢はおろか普通の夢に出てきたこともないですね。



寒くて外に出られなかったので、写真のデータを見直していたら、
いろいろ思い出すこともあったので、
今日はお正月らしく「富士」「鷹」「茄子」にちなんだ話でも。


正月じゃなくても、正装(紋付き)のビタッチくん。

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まずは「富士山」。


初夢じゃないですが、「へえ、富士山にヨット!今年は縁起がいいわ。」と思ったんですよ。
パソコンを起動させたら、いつも出てくるきれいな風景写真がそれで。

「富士山にヨット、いいねえ。」と夫に言うと
怪訝そうに「ああ?」という反応。
よくよく確認したら、それは日本じゃなかったです。


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チリのオソルノ山。
(Bingの日替わりギャラリーからダウンロードさせてもらいました。)
世界には日本の富士山に似た山がけっこうあることを知りました。


そして、私がまだ「まともに富士山を見たことがない」ということも思い出したです。


ずっと前から「見に行く」と言いつつ、まだ行く機会が持てないのです。
コロナが収束したら、「富士山を見に行く」という夢を叶えたいです。
いつかこのブログで、私が撮った富士山をアップするのだ~♪




次は「鷹」。



我が町には「鷹来屋(たかきや)」という酒屋さんがあります。


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子どもの頃、二軒の酒屋さんの傍を通って学校に通っていました。
この時期のとっても寒い朝、
仕込みの白い湯気が二軒の酒屋さんから立ち上っている風景をよく覚えています。

寒い朝は、登校がつらかったですね。
山奥から学校まで3㎞ありましたから。
家を出て谷間の道を歩き、町の平野部が見渡せる場所に来ると、
ふわっと白い湯気が上がっていて……酒屋さんではたくさんの人が立ち働いていましたっけ。


「鷹来屋」はそのうちの一軒で、一度は製造を止めていました。
若い蔵元が自ら研鑽を重ねて復興させた日本酒はいけますよ。
四季折々、店の佇まいも素敵。


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奥様から習ったレーズンの酒粕漬けがマイブーム。
きつく絞っていない酒粕なので、レーズンにお酒がしみこんで美味しい♪
しばらく置いてよく浸みたらクラッカーにのせて食べようと思っていたのに、
すでに誰かがしっかり食べて、残り少ない……「こら-!」
ホームページを見たら、新酒も新酒の酒粕も発売されているようなので
近いうちに買いにいこうと思います。


http://www.takakiya.co.jp/sake.html


この頃はあまりたくさんは飲めなくなったけれど、
こう寒いと熱燗で一杯……よい夢が見られるかも。




「茄子」については、また今度。やはり冬の思い出です。


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初詣は岡城の天満様  竹田市「岡城跡」⑲ [お城(跡)歩き]

年末からの寒波が少し緩んだ1月4日です。


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さあ、ウォーキング開始!と岡城跡に行ったのですが、
年の初めからカメラにSDカードを入れ忘れて、
泣く泣く車にカメラを置きに戻り、
スマホでの撮影と相成りました。
今年も相変わらずのちはやママであります。


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でも、今のスマホってけっこういい感じで撮れるんですよね。
西の丸で。遠くに阿蘇の山々。


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空気は冷たいけれど、春への準備は進んでいるようです。


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ヨモギがたくさん。次によもぎ餅を作るときは、ここで集めようとか何とか。



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この日は城内だけを歩きました。



すばらしい石垣です。
岡城跡の西北、中川覚左衛門屋敷跡の石垣を下から。
冬じゃないと撮れないアングル。(夏はこの辺りは草むらなので。)

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北向きの道は霜柱がやっと解けたようで、ぬかるんでいました。


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ああ、そのための石だったのね……と、今さらながら城内の工夫に気づいたのでした。


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観光コースではないところをウロウロして
やっと本丸へ。
今日の目的は、ここで初詣。


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初代中川公がこちらに祀った天満社ですが、
岡城が「難攻不落」の城ということで、
「落ちない」ことを願って、受験生のお参りが増えているそうです。
知らなかったなあ……。
高校時代、ここでお参りしておけばよかったのね(^_^;)



あらまあ、コロナの年だということを証拠に残す写真となりました。


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受験生はいないので、世の平安をお願いしてきました。



本丸から下原門方面(東)を見て。
写真を撮っている私の影が写っていました。


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本丸から二の丸へ下りて、廉太郎さんにも新年のご挨拶。
隠れたつもりでも影が写っているよ。


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帰るとき、見つけた石垣の穴。


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「これは何のために?」
「真実の口?」と「ローマの休日」みたいなことをして遊ぶ夫。


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まだまだおもしろいことがいっぱい見つけられそうなお城跡でありますよ。



……寒波はなかなか緩まないので4日以降はまた家に籠もっています。

田舎とはいえ、感染者もちらほら出ていて
高齢者家庭は、全く油断ができない状況。


この厳しい冬を何とか乗り切りたいですね。







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2021年 謹賀新年 [雑感]

明けましておめでとうございます。

今年も「わがママ」の「いろいろ日記」におつきあいくださいますよう、
お願い申し上げます。


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紅白も見ないし、ウォーキングにも行かないし、
ゴロゴロ寝ていたわけでもないのですが、
あっという間に三が日が過ぎました。
寒かったせいですかね。
三日の今日、やっと暖かくなったのでカメラを使いました。


お家の中。


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裏庭の花たちも寒さに堪えていました。
この冬は、ちょっと変わった感じのパンジーやビオラを植えてます。


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急激にやってきた寒波のために、
いろんな花がダメになりました。




鳥たちとも遊んでもらってます。
よく来るスズメのグループは20羽ぐらい。
なつかないです。


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最近、うちの庭では(毎年のことながら)ヒヨが威張ってます。
シロハラとツグミは、やはりヒヨにビクビク。

ジョウビタキとメジロはお構いなく遊びに来ています。
これもおきまり。


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明日からはお母ちゃんのデイサービスも始まるので
私たちはウォーキング再開です。
岡城跡に行こうと思います。


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ヨットの様子も見に行かなくては。



鬱な気分を少しでも晴らすべく
おもしろいことを見つけていきたいですね。
皆様、コロナに負けないで、元気でいましょうね。



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2020年 [雑感]

「本当はヨット日記なんだけどな……。」


今年もヨットに縁の無いことばかり書いていた日々でした。
「海は逃げない……。」と言い聞かせつつ、
古いデータを見返しては心を慰めてましたね。


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去年の今頃は「こんな年になる」なんて思ってもみませんでした。

こうしている間にも
様々にコロナと闘っている人がいると思うとやりきれません。
自分たちにできることは「自分の健康を護って迷惑をかけない」ということのみ。
庭に来る鳥たちを眺めつつ大人しくしています。


すっかり仲良しのビタッチ君。

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新しい写真がないので、
今年最後の日は家の傍から「久住山」を望遠で。


この寒波で真っ白。

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少しだけ移動して。寒いけれど、きれいでしたよ。


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岡城から見たかったよ~。



今年ほど久住山など「くじゅう連山」を眺めた年はなかったですね。
岡城跡に行く度に「今日のくじゅう連山」を写していましたから……。



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2月から「岡城ダイエット」と称して岡城やその周辺を歩き回ったのは
密な空間を避けなくてはならない状況下にあって、
とても恵まれた環境でした。
「ダイエット」と「コロナに負けない体作り」に勤しみました。



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岡城跡の事務所の方々ともすっかり顔見馴染み。
「今日はどちらを回ってきましたか?」と
いつも声をかけてくださいます。
駐車場に車を停めたら三時間は帰って来ないので
きっと不思議に思われていたことでしょう。
(一旦岡城を下りて、周辺を回っていたんですよ。)



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長く家を空けることができない私たちにとって、
岡藩の歴史を遡ることは、別の意味で「よい旅」でした。
私たちは今の「市」という括りより
「岡藩」という括りの方がしっくりすると
しみじみ感じる今日この頃……。
出会った四季折々の美しさや生き物たち、歴史文化のことなど
まだネタはいっぱいあるのですが、またいずれ。



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年間、いつもいつも手入れされていた城内。
頭の下がる思いで作業をする方々の傍を通りました。
ありがとうございました。



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岡城跡は何度行っても興味が尽きません。
年が明けたらまた行って
また面白いことを見つけてこようと思います。
2020年は、竹田市や久住高原など家から西の方ばかり見ていたので、
新しい年は少し東の方にも足を伸ばし、
新しい奥豊後の魅力をお伝えしたいです。


「本当はヨット日記なんだけどな……。」


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さて、CHIHAYAが海に出るのはいつなのか。
「Z2」は公道を走ることができるのか。
ダイエットで落とした「はず」の体重はどうなっているのか。
裏庭は「庭らしく」なっているのか。
「岡城名物」となった二人連れ、岡城に飽きる日は来ないのか。
……いろいろ請うご期待。新しい年もよろしくお願いします。



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皆様、コロナに負けないように
元気でいましょう。
そのために、注意深く、できることをやりましょう。



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「犬のおまわりさん」~佐藤義美生家 [音楽]

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去年の断捨離中に見つけたクリスマスツリー。
すっかり忘れていたが、昨日24日の朝になって
捨てないでおいたのを思い出した。

娘が小さい頃に買ったものだから、30年に近い昔のモノである。
まあ、懐かしいこと。



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クリスマスケーキの飾りも同じ箱の中にとってあったので
鉢植えにちょいと……。


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年寄りだけのクリスマス、まさに「サイレントナイト」。





小さい娘と一緒によく歌っていたのが「犬のおまわりさん」。
誰もがよく知っている童謡である。



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まいごのまいごの こねこちゃん/あなたのおうちは どこですか
おうちをきいても わからない/なまえをきいても わからない
にゃんにゃん にゃにゃん
にゃんにゃん にゃにゃん
ないてばかりいる こねこちゃん
いぬのおまわりさん/こまってしまって
わんわん わわん
わんわん わわん               (佐藤義美作詞、大中恩作曲)



佐藤義美は、竹田市出身の童謡作詞家である。
明治38年に竹田市で生まれ、旧制竹田中学に学んだというから、
私の祖父と同級生だったんだ。(祖父に聞いたことはなかったなあ!)


佐藤義美記念館は、竹田駅に近い場所、稲葉川沿いにある。
写真は9月の終わり。川の向こうの白い建物が記念館。
竹田市では、佐藤義美を顕彰して「童謡作詞コンクール」が毎年開催されている。




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また、別の日。これは10月の初め。


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いつものことながら、竹田の街をうろうろ歩き回っていた。
この日は、岡城跡の北を流れる稲葉川沿いの道から、国道57号に向かう古い道へ。
佐藤義美記念館から少し下流。
よく歩く岡藩時代の城北町の旧道を下から眺めて、


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旧道下のトンネルを57号方面に向かって通り抜けると……。


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「あら!こんなところに佐藤義美の生家があったんだ!」
ちょっと忘れ去られた感じの場所ではあるけれど。



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看板を読んで、「グッドバイ」「アイスクリームのうた」も佐藤義美作詞だったんだ~と
気づいて、娘が「アイスクリームのうた」が大好きだったことを思い出した。
私も「のどをおんがくたいが とおります」という詞が大好きだ。


おとぎばなしの おうじでも
むかしはとても たべられない
アイスクリーム アイスクリーム
ぼくは おうじではないけれど
アイスクリームを めしあがる
スプーンで すくって
ピチャッ チャッ チャッ
したにのせると トロン トロ
のどをおんがくたいが とおります
ブカブカ ドンドン つめたいね
ルラルーラルーラ あまいね
チータカ タッタッタッ おいしいね
アイスクリームは たのしいね       (佐藤義美作詞、服部公一作曲)




佐藤義美の生家跡から国道57号に出る前に、
左折して坂を上ると竹田市役所がある。



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坂道をアイスクリームのうたを口ずさみながら歩いたが、
「今年の夏はアイスクリームを全く食べなかったなあ。」なんて話していた。
無性にアイスクリームが食べたくなっていたが、我慢した。


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竹田市役所庁舎。



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市役所の一画に咲いていたドイツのバラ。




ところで、「まいごのこねこちゃん」はどうなったんだろうか。


歌は「二番」まで。カラスにきいてもスズメに聞いてもわからなかった。



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いろいろ調べていたら、やはり「こねこ」のことが気になっていた人は多かった。
後に新たに創られた「三番」や「いぬのおまわりさん」の絵本があって、
それでは、ちゃんとおかあさん猫に会えていた。よかった。



で、この記事をまとめていたら、
「どんぐりころころ」(青木存義作詞、梁田貞作曲)も気になり始めた。   
「二番」の「泣いてはどじょうをこまらせた」の後はどうなったんだろう?
「三番」ってあったっけ?


……意外なところで「謎」に引っかかっているクリスマスの夜である。


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