廉太郎さんの四季 春~夏 竹田市「岡城跡」⑰ [お城(跡)歩き]
このところ県内の感染者数の多さに驚いています。
地元でも感染への脅威がにわかに大きくなってきました。
私もちょっとした不注意があって、
後で「しまった!感染してたらどうしよう。」と思うことがあり、
「油断は禁物」と自分に言い聞かせる毎日です。
今回は、コロナを避けて歩き続けた今年の振り返り編。
「岡城跡の廉太郎さん」を中心に写真を集めてみました。
…………
歩き始めた2月15日。まだコロナの脅威を感じていなかった頃。
3月20日。春の穏やかな日差しに桜が綻び始めた。
4月14日。コロナの影響で城内に人影はなく、
「600円(二人分)で貸し切り」と日記に書いてあった。
廉太郎さんのそばから眺める岡城の北西方向、岡藩の家老中川覚佐衛門屋敷跡。
若葉が美しい季節になったが、城内に人の気配はなかった。
4月27日。連休前に岡城跡は閉所のお知らせ。
城の守りは廉太郎さんにお任せ。
5月6日。閉所中の岡城跡に行ってみた。当然、誰にも会わなかった。
草刈り機の音だけが響いていた。
本丸から二の丸の廉太郎さんを見て。
6月1日の駐車場。
6月17日。
夏の気配。会うのは廉太郎さんと作業の人たち。それと、アナグマとかイタチとか。
7月は豪雨の日があった。
本格的な夏を迎えた二の丸。7月8日。廉太郎さんも暑そう。
石垣の緑が濃い7月16日。廉太郎さんは、こんなところにいる。
7月27日。
本丸に上って上から見たら、ヤマユリの向こうに廉太郎さん。
7月29日。
8月は猛暑で、9月の中頃までまともなウォーキングはできなかった。
日記は毎日「あつい」とか「猛暑日」なんて言葉だけ。
この一か月だけは岡城跡に全く行かなかった。
夏が終わってもしばらくは人影まばらな岡城跡だった。
…………
この記事を書くにあたって、岡城に登城した回数をチェックし直したら
なんとカウントし損ねたときがいっぱいあったんですよ。
12月9日の登城で、なんと38回!
お土産屋のオバチャンは観光客にお茶を出しているのですが、
最初の頃一度もらっただけで、今は取り合ってもらえません。
そりゃ、そうだ。
……秋~冬に続く。
地元でも感染への脅威がにわかに大きくなってきました。
私もちょっとした不注意があって、
後で「しまった!感染してたらどうしよう。」と思うことがあり、
「油断は禁物」と自分に言い聞かせる毎日です。
今回は、コロナを避けて歩き続けた今年の振り返り編。
「岡城跡の廉太郎さん」を中心に写真を集めてみました。
…………
歩き始めた2月15日。まだコロナの脅威を感じていなかった頃。
3月20日。春の穏やかな日差しに桜が綻び始めた。
4月14日。コロナの影響で城内に人影はなく、
「600円(二人分)で貸し切り」と日記に書いてあった。
廉太郎さんのそばから眺める岡城の北西方向、岡藩の家老中川覚佐衛門屋敷跡。
若葉が美しい季節になったが、城内に人の気配はなかった。
4月27日。連休前に岡城跡は閉所のお知らせ。
城の守りは廉太郎さんにお任せ。
5月6日。閉所中の岡城跡に行ってみた。当然、誰にも会わなかった。
草刈り機の音だけが響いていた。
本丸から二の丸の廉太郎さんを見て。
6月1日の駐車場。
6月17日。
夏の気配。会うのは廉太郎さんと作業の人たち。それと、アナグマとかイタチとか。
7月は豪雨の日があった。
本格的な夏を迎えた二の丸。7月8日。廉太郎さんも暑そう。
石垣の緑が濃い7月16日。廉太郎さんは、こんなところにいる。
7月27日。
本丸に上って上から見たら、ヤマユリの向こうに廉太郎さん。
7月29日。
8月は猛暑で、9月の中頃までまともなウォーキングはできなかった。
日記は毎日「あつい」とか「猛暑日」なんて言葉だけ。
この一か月だけは岡城跡に全く行かなかった。
夏が終わってもしばらくは人影まばらな岡城跡だった。
…………
この記事を書くにあたって、岡城に登城した回数をチェックし直したら
なんとカウントし損ねたときがいっぱいあったんですよ。
12月9日の登城で、なんと38回!
お土産屋のオバチャンは観光客にお茶を出しているのですが、
最初の頃一度もらっただけで、今は取り合ってもらえません。
そりゃ、そうだ。
……秋~冬に続く。